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エッセイスト米果さんの昼ご飯

エッセイスト米果さんの昼ご飯

【連載タイトル】
たいわんの食卓風景 -3-

◆ドラマ、ご飯、〝あの頃〟の台湾を描き出す筆致

このところ、ちょっと話題のドラマがあります。『花甲男孩轉大人』(花甲くん、大人になる、の意)といって、主役の大家族の孫を、人気ミュージシャン、クラウド・ルー(盧廣仲)が演じ、家族が巻き起こす問題に向き合いながら大人になっていくお話です。このドラマで使われるのは、台湾で「国語」と呼ばれる中国語(北京語)ではなく、「台語」と呼ばれる閩南(みんなん)語、しかも台湾南部独特の口調ときています。では、どこが注目ポイントなのでしょうか。エッセイスト米果さんのコラムでは、この謎が解き明かされています。

--私が生まれた頃は徹底的に台語が抑圧されていた。ポテヒ(台語を使った人形劇)は国語を強要され、人気だった歌仔劇(台湾歌劇)は8時までの晩ご飯の時間だけ。(略)そんな、目上の人と話す時に台語は必須の環境で大きくなったのに、学校へ行くと、台語を話すと罰は受けるわ、風紀委員に名前を記録されるわで、台語で話すことは品のないこととされていた。けれども、学校という権力に楯突くものとして、最も刺激的な行為もまた、わざと台語で毒づくことだった。(「為什麼聽到盧廣仲說台語會感動?」から抜粋翻訳)

こんな悲しい時間を経ていたという事実に、台湾の辿ってきた歴史を思わせます。本文では、米果さんは自らの見てきた台語の姿だけでなく、さまざまな世代の言葉に対する捉え方を紹介しつつ、母語は環境による学習が一番だ、と解いていきます。そして。

--声のトーンや表情は、ドラマにおけるとても重要な要素だ。俳優が国語を使って話すのと、自然な台語で話すのとでは、まるで別物。客家人が客家ドラマ、外省人が巻き舌のすごい中国ドラマに感動するのに似て、台語の視聴者の大半が、ドラマに自分の気持ちを投影したに違いない。クラウド・ルーの台語、特に語尾に「ニー」「ラー」とつけ、悪態をついているのを聞くと、ぐっと親近感を覚えるのだ。Fire.EX(滅火器)の歌う「海上的人」を聞いた時に大泣きしたし、メイデイ(五月天)が台語で歌おうものなら、とりわけ気分が上がる。私たちはやっと、母語を話して為政者から罰せられることを恐れずに母語を話せるようになった。バカにしたり、卑下したりといった時代は、本当に過去のものになったのだ。(「為什麼聽到盧廣仲說台語會感動?」から抜粋翻訳)

前置きが長くなりましたが、今回伺ったのは、この文章を書いたエッセイスト、米果さんのご自宅です。

米果さんは今年4月、最新刊『一個人的粗茶淡飯2:偏執食堂』(お一人様のシンプルごはん2:こだわりのテーブル)を上梓しました。前作『一個人的粗茶淡飯』の続編です。紙の書籍が直面している難局は、日本も台湾も同じですが、その中で続編を出せるのは、米果さんの筆に力がある証しです。

このほかにも多数の自著をお持ちですが、特に台南出身の米果さんの書くご飯の話は、台湾の香りが色濃く漂っていて、食べたことはなくてもどこか郷愁を誘います。どんな食卓なのか、お邪魔してみましょう。

◆台湾式、日本式がミックスされた食卓

「わ、用意してくださってたんですね!」
米果さん宅の扉を開けて、真っ先に目にしたのは、テーブルいっぱいに色とりどりのお皿が並び、今か今かと客人を待ちわびていたお料理たちでした。
「暑かったでしょう? だから素麺にしました」という米果さん。日本の岡山県を旅行した際に買った「揖保乃糸」です。トッピングに、刻んだフレッシュトマトと梅酢で和えたキュウリが用意され、つけダレにはゴマ油と刻みネギが加えられていました。
「台湾にも麺線といって、素麺と同じように細い麺がありますが、日本のものより長くて、塩気が強いですね。それに、茹でると台湾のものは柔らかくなりすぎて、食感が楽しめないんです。普段は3〜5品に、スープを加えて1食としていて、1日のうちでは昼ご飯を充実させるようにしています」

目にも楽しい皿の上には、台湾では見かけることの少ない取り箸が置かれています。
「台湾の同級生にはないわが家だけの習慣がありました。取り箸もそのうちの一つです。スープも以前は自分のスプーンでよそっていましたが、いつだったか家族内で不評になって、おたまを共用で使うようになりました。台湾では、一つのお椀でご飯もスープもいただき、茶碗と汁椀を分けません。父は台南、母は台北の生まれなので、そういった習慣がどこから来たのかわからないんですよ」
いつもなら、とりどりの小皿に盛り付けた料理をお盆に乗せて、テレビの前の椅子に陣取って、食事をとるという米果さん。テレビには、ライブで日本の情報番組が映し出されていました。

「大抵、昼ご飯を食べ終わると仕事にかかります。今のメインの仕事は、ネットコラム。毎週〆切りのコラムが2本、毎月〆切のものが2本あります。毎週〆切ですから、1年書けば50本、1本につき1,500〜2,000字もあれば、1年で1冊分の量になるんです。そうやって書き溜めた文章を整理して、紙の本として出版するケースが増えています。コラムは定期収入になりますしね。内容はタイトルに縛られることなく時々で変化しますが、ゆくゆく本にするために出版社と話し合っているテーマもあります」

◆変わってゆく伝統市場

「この数年、1日のスタートはNHKの連ドラです。りんご1個、たっぷりの牛乳にシナモンを加えたコーヒーという朝ご飯を済ませたら、資料読みや情報収集の時間に当てていますが、週に1、2回は冷蔵庫に物がなくなったタイミングで買い物に出かけます。そうでないと、忘れてしまう食材が出てきてもったいないことになりますから」

買い物は近所の伝統市場や、少し距離のあるスーパーに出かけ、1週間分の食材をまとめ買いしているそう。買ってきた物は、小分けの容器に入れて冷凍庫へ。米果さんのお料理歴は小学生から。エッセイにも小3で電気鍋のスイッチを押すことから始め、いつしかお米を量り、洗うところまで任されるようになったことが紹介されています。
「専業主婦だった母の作る食事は必ず、肉料理、魚料理、野菜料理、そしてスープという献立でした。当時の同級生たちは下校するとアニメを見て、晩ご飯を食べるのが普通でしたが、私は料理する母の横に小さな椅子を置き、その上に立って母が料理する様子を眺めているのが好きでした。アニメではなく母の料理を見て育った、という感じですね」
長年、伝統市場で買い物をしている米果さん。連載を持つ『Taipei Walker』ではその案内で、伝統市場を巡る「米果×台北食材」という特集が組まれたこともあるほど。
「伝統市場の一番のよさは、旬のものが手に入ること。それに、八百屋さんが『いつもキャベツばっかり食べてないで、今の時期ならコレを食べなよ』などと教えてくれる。そういうお店の人とのやり取りから教わることが本当に多いんです。中には、後継ぎがいなくて閉店してしまったお店もありますが、うまく若い世代にバトンタッチしたお店には、LINEでお客さんから注文を受けて届けるところまであるんですよ」

◆変わりゆく台湾の食卓事情

外食と持ち帰り文化の充実した今の台湾では、若い人たちが料理をしなくなっている、とよく耳にします。そんな台湾の食の現状を、米果さんはどう見ているのでしょう。
「昔の母親は、娘には料理するよう言うのに、息子には言わないことが多かったと思うんです。それって、家事をしない夫になるようしつけているのと同じですよね。とはいえ男性だって、興味があれば料理はするようになるものです。一方で、若い世代は、たとえばステーキなど食べても野菜は食べない、みたいに栄養バランスを気にする人が少ない。健康や養生に関する知識は、中年以降の世代とは比べ物になりませんね。日本の〝食育〟のような取り組みが必要だと思います」
米果さんの著作『台北捌玖零』(台北の80年代、90年代、2000年代、の意)には、都市化によって変わってしまった〝あの頃〟の台北の姿が収められています。その食卓は、お母様から受け継がれた伝統的な台湾料理に、日本の食材などをうまく取り入れながら、しっかりと整えられていました。
この原稿を書きながら改めて感じたのは、台湾の食卓にも時が流れ、今また大きく移り変わろうとしている、ということでした。台湾の食卓は、どこから来て、どこへ向かおうとしているのか、引き続き取材をして行きます。

◆簡単! 米果流 ゴマ油の炒め物

下ごしらえ
・豆腐干(とうふかん。出来上がった豆腐の水分を抜いた豆腐系の食材)、キクラゲを細切りにしておく。
・ニンニクは粗めのみじん切りに。
・モヤシは洗っておく。

(1) フライパンに油をひき、温まったとろで刻んだニンニクを入れる。
(2) 豆腐干、キクラゲ、モヤシを入れて、炒めていく。
(3) 米酒を入れる。
(4) 焼肉のたれを入れる。
(5) ゴマ油を少し加えて、完成。

寄稿者情報

田中美帆
1973年生まれ、台湾在住のフリーランス。上阪徹のブックライター塾3期生。
人生の後半戦を満喫しようと16年半勤めた出版社を退社し、2013年に台湾へ語学留学。
1年で帰国の予定が、ホームステイ先で紹介された相手とうっかり国際結婚。
現在は、編集者、ライター、字幕校正をなりわいとしている。
主なテーマは、本と本屋、台所と暮らし、歴史ドラマ、ドキュメンタリー映画。
http://tanakamiho.net/

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