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香港映画「十年」~香港返還20年におもう「10年」。

コラム:「スクリーンごし台湾通信」

返還20年目を迎えた香港である。
習近平の香港訪問とともに当局の締め付けはさらに強まり、抵抗するデモ隊も激しい。そんなデモに参加している香港人たちの脳裏に飛来するのは、映画「十年」のワンシーンではないだろうかと、ニュースを観ながら思った。実際に監督のひとりが公開当時、「10年後より近い未来のことかも」ともらしていたその言葉が、実感をもって感じられた。

映画「十年」は2015年に製作された5篇からなるオムニバス映画で、ちょうど10年後の「2025年」に香港社会がどんな風になっているかを「預言書」的に描いた作品だ。

雨傘革命や書店主行方不明事件といった香港人が抱える「中国の脅威への不安」を社会背景に、香港の人権・民主・言論の自由など敏感なイシューを扱っており、中国では公開禁止となった反面、実験映画的な手法の作品としては異例の興行成績をあげ、2016年の香港映画祭でも最優秀作品賞を受賞した。

「五個的香港故事、我們不想見到的将来。」
(ぼくたちの見たくない未来のこと、5つの香港の物語)

そんなキャッチコピーのとおり、どのお話にも悲壮感が漂い、おそろしい。

■「浮瓜」

『浮瓜』監督:郭臻。写真提供:『十年』、撮影:Andy Wong

マフィアの下っ端で香港人の男二人が、地域のイベントに臨席する政治家2人へのテロを命令される。目的は「テロ事件を起こすことで社会不安を煽り、中国当局による国家安全法の制定をうながす」こと。
会場の上階では、マフィアのボスと中国・香港当局の上層部のあいだで「二人の政治家のどちらを殺せば、より社会不安が大きくなるか」が討論され、結局、両方を殺すことに決まる。
成功報酬を手にして人生を変えたいと願うチンピラふたりは計画を実行にうつすが、失敗してその場で射殺される。政治家二人は生きながらえたにも関わらず、結果的に、世論のテロへの不安は高まり、国家安全法は無事通過するだのった。
上層部はみずから手を汚すこと無く、底辺に生きる人間が政治に利用されトカゲの尻尾のように切り捨てられる。

■「冬蝉」

『冬蟬』監督:黃飛鵬。写真提供:『十年』、撮影:Andy Wong

二人の男女は、失われていく香港の古い建築物の残骸を集めて標本を作っている。懐かしい香港の記憶と現在が断絶してゆく今日、自分たちの仕事は意味をなさず、標本を収める施設もない。いわば、自宅の棚という「墓」のなかに「標本」という遺体を安置するかのような生活に疲れた二人は、稀少となった香港人である自らを標本化することを思いつく。

■方言

『方言』監督:歐文傑。写真提供:『十年』、撮影:Andy Wong

2025年の香港では、唯一の公用語が「普通語(北京官話)」と定められている。
タクシー運転手には「普通語能力テスト」が課せられ、通過できなかった運転手には「普通語できません」マークが表示されて、空港や港で客を載せると違法となる。
学ぶ意欲はあるが、どうしても普通語を身につける事ができない主人公のタクシー運転手。子供は学校で普通語を使うので、その友人たちとの会話を主人公は聞き取ることができない。そして、広東語がただの「方言」のひとつと成り下がってしまったと同時に、経済的なだけでない、多くのものを失ったことに気づくのだった。
ところで、この作品を観ていて「台湾語」→「日本語」→「北京語」という、公用語の移り変わりに翻弄されてきた台湾人の労苦にも思い到った。

■自焚者

『自焚者』監督:周冠威。写真提供:『十年』、撮影:Andy Wong

香港独立を求める学生運動が盛り上がりを見せ、ひとりのリーダーが逮捕されて牢獄でハンストにより絶命する。映画の中で描かれる学生運動(2025年)とそれを阻む警察との攻防がほうふつとさせるのは、2014年の雨傘革命そのものだ。
さて、牢獄で死んだリーダーを支持して、英国領事館前で何者かの焼身自殺があった。1984年の中英交渉では、2047年まで(返還から50年間)は社会主義政策を香港で実施しないことをイギリスは中国に約束させたはずだった。それが、わずか20年足らずで行政自治に対する干渉が始まったことを指して、イギリスの責任放棄に対する抗議の自殺と思われる。
さて、焼身自殺したのは誰だったのか。
それはひとりの老婆だった。誰も観ていない英国領事館前で、ひっそりと静かにガソリンをかぶり燃えていく老婆。若かりし頃は「東洋の真珠」と呼ばれ輝いてきた第二次世界大戦後の香港を生き、その後、返還と天安門を経てきた。
年老いた老婆の姿はまさしく「香港」と重なる。手にしているのは香港の学生運動の象徴となった「雨傘」だが、これも老婆とともに燃え尽きていく。

■本地蛋(地元産たまご)

『本地蛋』監督:伍嘉良。写真提供:『十年』、撮影:Andy Wong

政治問題の影で、香港で最後の卵を生産する農家が農場を閉じた。
もうこれから「香港産」のたまごが生まれることはなくなった(たまご=香港人のメタファーだろうか)。たまごを扱う食品店の主人公は、その最後のたまごをうけとる。
一方、息子の通う学校ではボーイスカウトへの参加が義務付けられており、その活動は街の商店などに「香港」「本地」(地元の意)などの文字がないか検閲してまわるという、かつての紅衛兵を思わせるような内容である。
息子の考えを図りあぐねていた主人公だが、ある日息子がこっそり入り浸っている秘密の書店に連れらていく。それは「ドラえもん」さえも発禁処分となっている社会から、密かに発禁処分されたものを集めてコレクションしているアングラ書店だった。
息子は、やっぱり主人公にとって最後の「地元産たまご」なのだ。

さて、主人公が農場を尋ねたさい、農場主が「これからは台湾に渡って、今までのノウハウで農場を経営するんだ」というくだりがある。そこから、香港から台湾へと託された希望みたいなものが透けてみえる。

わたしが台北に移住し、去年でちょうど丸10年だった。

10年という時間は途方も無く長い訳ではないが、かといって短くもない。わたしの場合も、そのあいだに色んなことがあった。

仕事をやめ、結婚して台北に来た。舅が亡くなった。台北から東京に引っ越して2年ほど暮らし、また戻ってきた。姑としばらく暮らし、その後離れて暮らすことになった。父が亡くなった。書く仕事をはじめた。出会いと別れがあった。その間に生まれた息子の背丈は、今やわたしの三分の二を越してしまった。四柱推命では9年で人生の春夏秋冬が一周するというから、10年という期間のあいだにはちょうどシーズン一回分が含まれる計算だ。

台湾社会だって、ずいぶん変わった。わたしがきた頃はちょうど陳水扁への抗議運動が盛り上がっていた時期で、その後、馬英九政権に変わってからは、何となく今後もう20年ぐらい国民党政権は不動なのじゃないかって印象だった。昨年の民進党圧勝、小英総統誕生なんて11年前には予想だに出来なかった。10年という時間はそれぐらい、ひとの人生や社会に大きな変化をもたらすに充分な時間ってことだろう。

たまにフト「結婚して台北に来ることを選んでいなかったら、今ごろどうしてたかな。」
と考えるが、少なくとも、いまと全く異なる生活を送っていることは間違いない。もしかしたらパラレルな世界では、10年前に持っていた夢みたいなものを、実現させているわたしが居るかもしれない。映画「インターステラー」の無数のブロックモニターのように、パラレルに無限に広がっていく未来と過去。
そんな想像は面白いが、わたしは今の生活が結構気に入っているから、いま台湾に居れてよかったなとも思う。

「リアルとはみんなで観る夢」。

そういったのは、わたしが影響を受けた日本のアーティスト/アクティビスト集団であるダムタイプをつくった古橋悌二さんだ。夢を誰かと共有できるというのはうれしいものだから、2017年の5月24日、台湾の司法が下した「同性婚」についての判断を知ったときには素敵すぎて涙がでたし、同じ時期に日本で「共謀罪」が認められたことに暗澹とした。

同じように香港という街の上にいま、香港人ひとりひとりが無限に抱える「10年後」の夢が大きな蚊柱のように立っている。その蚊柱の一部を取り出して「このままでいいのか?」と映画は語りかけているのである。

これから10年後。
香港は、台湾は、日本は、どんな夢をみているだろうか?
もうすぐ日本で公開となる「十年」を観ながら、じっくり考えてみたい。

「十年 Ten years」/監督:郭臻・黃飛鵬・歐文傑・周冠威・伍嘉良
2015年/香港

コメント一覧

  • Comments ( 2 )
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  1. By じゅんぢ・おもしろ

    私は去年の3月に大阪アジアン映画祭で『十年』観ました。
    ちょうど、香港や台湾が盛り上がっていた頃でしょうか。寓話に満ちた本作が、とてもリアルに思えたのを憶えています。日本は今、安倍ちゃんのおかげで最悪な状態です。国民には革命する気力もなく、ただ流されてる状況です。
    ひかりちゃんの文章がとってもまとまってて解り易くてエラいなーと思いました。
    神戸元町映画館でも秋頃になると思いますが、『十年』上映します。
    その前に、7周年「変愛映画集」なんかしちゃったりなんかします。
    http://www.motoei.com/topics.html#269

    よろしくどーぞー。

    • By すみきひかり

      神戸の名所、元町映画館のじゅんぢさん、ご感想有難うございます!御館でも『十年』上映されるんですね。本当にたくさんの方に見て頂きたい作品です。今後とも、なかなか上映されない中華圏の作品の上映を宜しくお願いします。

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