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『台北物語』~メイドイン台湾なカルトムービーの発見。

『台北物語』~メイドイン台湾なカルトムービーの発見。

コラム:「スクリーンごし台湾通信」

中国語でカルトムービーのことを「邪片」(「邪典電影」または「靠片」)という。日本ではそのままカルト・ムービーとか「バカ映画」と呼ぶが、「邪(よこしま)」な「片(映画)」というのは言いえて妙で、よくぞ付けたなとおもう。

カルトムービーといえば、ハリウッドの映画監督、エド・ウッド(Ed Wood、1924~1978)を挙げないわけにはいかない。
プラン9・フロム・アウタースペース』『死霊の盆踊り』など作品のすべてにおいて興行的に大失敗を重ねて「アメリカいち最低な映画監督」と呼ばれたが、後年その生き様と作品は、デビッド・リンチやジョン・ウォーターズ、クエンティン・タランティーノなど多くのカルト指向映画人を魅了して再評価され、ティム・バートン(『シザー・ハンズ』『チャーリーとチョコレート工場』)によって伝記映画も作られた。また、日本にこれらの作品を紹介した映画評論家の江戸木純氏のペンネームは「エド・ウッド・ジュニア」から取られたという。

作品的な完成度は最低であるにも関わらず、これだけの大監督たちや日本の評論家にまで影響を与えたエドウッド作品の魅力は種々あるだろうが、ひとつは観る人が作品に対して能動的に批評という形で参加する空間を与え、意味性をひっくり返すことの出来る「現代アート」的な視点を映画に持ち込んだことだった。

批評というと小難しく感じるかもしれないが、もっと簡単に言えば、上方漫才でいうところの「なんでやねん!」である。これまでは一方的に情報を与えられる側だった観客が、「ツッコミ」という作業を通して、作品を批評しつつも愛情を育てていくことができる。つまり、エドウッドという監督は映画を使って天才的に「素」な「ボケ」が出来る人だったのだ。

アメリカではその後、カルトムービーの代表的な存在であるイギリスのミュージカル映画『ロッキー・ホラー・ショー』が登場、上映のたびにコスプレしたファンが大挙し画面に合わせて合唱したりツッコむなどの現象を巻き起こした。

日本では、カルト・ムービー(=バカ映画・サイテー映画)ファンの層を確実に増やしたのが、1995年創刊の『映画秘宝』(洋泉社)という雑誌だろう。この雑誌は、書き手の文章がめちゃくちゃ面白く、映画を楽しむというより「映画を見た執筆者の体験を楽しむ」という要素の強いものであった。そこで生まれた日本産カルトムービーの代表としては『シベリア超特急』(「いや~映画ってほんっとーにいいものですね」をお茶の間に定着させたタレント・水野晴郎が監督)や『幻の湖』(雄琴のソープ嬢によるSF?大作、橋本忍原作・監督)があげられる。
ここで大事なのは、「バカ映画」とは大コケした映画を後々に批評的な目線で再評価したものをいうのである。あくまでも恣意的に「おバカ」「最低」を狙った映画は評価されず、ひたすら大真面目にやったら「バカ映画」になってしまったというのがポイントだ。漫才でもボケ役が笑いながらボケていたら、観客もツッコむほうもシラケてしまう。大真面目にボケられて、はじめて「なんでやねん!」となるのだ。千利休以来の日本人の見立ての伝統とはつまり「ツッコミ」文化の積み重ねである(黒楽だって、秀吉のキンキラキンへのあえてのツッコミである)。そんな日本人にとって、むしろこのカルトムービーの「あえてそこを評価したいよね」という風流というか好事家的な姿勢は受け入れやすいものだったかもしれない。

そんなわけで日本では『映画秘宝』が創刊された1995年より前から、少なくとも20年以上は「なんでやねん!」というのを趣味にしている映画ファンが存在しているのである。

これに対し、台湾ニューシネマ時代の観客離れからはじまり、ハリウッド映画が席捲し不毛の時代が長かった台湾映画においては、この「バカ映画」「カルトムービー」を楽しむ、という映画ファン層は育ってこなかった。台湾映画に限らず欧米のカルトムービーについての概念もほとんど広まっていないと思う。映画はあくまでも受け身な楽しみであり、自分から積極的に批評しコミットしていくものではなかったから、「映画批評」界というものも台湾には少数の有名ブロガーを除いてほとんどない。

そこで突如すい星のごとく現れたのが、本題の映画『台北物語』である。

この映画、公開から一週間ほどで打ち切りと思われたが、口コミで火が付き一日、一日と上映が引き延ばされていった。「映画ファンを名乗るなら、『台北物語』を観ていなければ映画ファンとはいえない」などのFB上のコメントに煽られて映画ファンが映画館に詰め掛けるようになり、ついには「神級にひどい」「ひどすぎて素晴らしい」といった観客の感想つきで、ニュースにも取り上げられた。

ストーリーは、実はけっこう凝っている。
それぞれに愛人のいる夫婦、愛人、コソ泥、もって一年と誤診されて有り金を使い果たしてしまった女、悪徳建築業者などが、いろんな状況を経て陽明山の山荘で顔をそろえ、そこから各人の因果応報的なつながりが明らかになるというものだ(あれ?これだけ書いたら、なんか結構よくできてるじゃん!)が、何を撮りたいのかよくわからないブレブレで「ボケボケやん!」のカメラ、「カメラマンの影が映りこんでるちゅーねん!」的照明など、そこに集結されたスタッフというのがほぼ全員素人、というか大学サークルでももちょっとマシだろう、というしょんぼりレベルなのに付け加え、脚本・編集もかなり無理やりな神展開(日本のネット用語「神~」は台湾ネットでも定着)だし、「士農工商、それぞれの分がある(士農工商,各就其位)」みたいな哲学的なセリフが唐突に入り(「ゴダールか!」)、人物の造形やファッション・ポスターも「おまえいつの時代の人間やねん!」という現代ぽくない(1990年ぐらいな)感じで、とにかくツッコミどころ満載というか、もはや「ツッコミ入れ食い」「ツッコミどころのデパート」みたいな映画なのだ。

そして、日を追うごとにそれに中毒になった観客が二度三度と足を運び、ツッコみどころやセリフを一緒に暗唱する「しおり」まで配られる事態となった。これはまさにカルト中のカルトムービー『ロッキー・ホラー・ショー』と同じ楽しみ方である。
ヘレン・ケラーがサリバン先生の教えで手のひらに井戸水を受けて「ウォーター!」と認識したように、台湾の映画ファンは『台北物語』をみて、「カルトムービー!」を認識したのである。

「ロッキーホラーショー」のような、映画館で観客がお祭り騒ぎになるような日本映画というのは、今のところ登場していない(一昨年の『マッドマックス~怒りのデスロード』はイベントとして大変盛り上がった等お祭り現象はあるものの、それは日本映画ではない)が、それまでバカ映画的見方がほとんど存在してこなかった台湾で、『台北物語』のような現象が起きたのはとても興味深いものがある。

それについて、以下のような理由を考えた。

ひとつは、かつて「人種のるつぼ」と言われたアメリカと同じく多様な「サブカルチャー」を台湾が内包していることだ。
6月24日に行われた台湾版グラミー賞である「金曲奨」では、客家系バンドや原住民歌手など台湾のエスニック・マイノリティに属するアーティストが受賞し、またセクシャル・マイノリティについての話題が注目を集めた。日本でサブカルチャーというと今では殆ど「オタク文化」と同意義に使われているが、本来の学術的な意味では、例えばレゲエ・ミュージックなど少数民族やマイノリティ文化についてのことをいった。その意味で台湾は、小さな国土でありながら多様な人々が暮らし、本来的な意味での「サブカルチャー」が豊かに花開くポテンシャルがある。

またひとつ、台湾人が長年培ってきた「政治をエンタメとして楽しむ」技術も一役買っている。記憶に新しいところでは、小英総統と習近平・トランプの三人が「恋ダンス」を踊るアニメーション、また最近ではセメント会社の社長の発言を皮肉ったパロディ動画も心から「うまいな~!」と唸らされるものだった。

生真面目な日本人には及びもつかない、「真面目なものを真面目におちょくる」という技に台湾人はとても長けていて(それは、どうにもならないことをユーモアで笑い飛ばしてくるしかなかったという哀しさの裏返しでもあるのだが)、それが『台北物語』の会場一体型ツッコミ大会に大いに生かされている感触がある。

『台北物語』というメイドインタイワンのカルトムービー。
海角七号』(2008)より始まった「國片」ブーム(台湾人が台湾映画を通して台湾アイデンティティを認識する)から始まり、この数年は『青田街1号』(2015)『楼下的房客』(2016)『目撃者』(2017)などサスペンスやホラー、エログロ含めこれまで無かったタイプの台湾映画が続々と登場していて、台湾映画の土壌に厚みが加わっていることを物語っている。
その途中に花開いた「時代のあだばな」。
それが『台北物語』といえるのかもしれない。

※拙ブログも「台北物語」というのですが、当該映画が公開される何年も前から運営しており、なんの関係もありません、念のため。。。

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