Taisuki Café

台湾が大好き♡

【台湾ドキュメンタリー】擬音:台湾の音と魔術師。

【台湾ドキュメンタリー】擬音:台湾の音と魔術師。

無声映画からトーキーへ: フォーリーの誕生

フランス・パリでリュミエール兄弟が映画を発明してから、ちょうど110年ほどが経つ。

最初はサイレント(無声)だったのが、音と映像が同期するようになったことで、映画は「トーキー」と呼ばれるようになる。最初は音楽をつけるにもオーケストラを呼んで一発撮りだったトーキーだが、技術の進歩にしたがって、それぞれのパートに分けて録音しダビングすることが可能になり、今に至る。

現代の劇映画づくりにおいて、セリフの多くは現場で同時録音されるが、効果音の大部分は後づけされる。足音や環境音がそれにあたるが、そういった効果音を創りだす人のことを、それを開発したハリウッドのジャック・フォーリーの名をとって「フォーリー・アーティスト」とよぶ。撮影や録音の多くがアナログ方式からデジタルへと移行した今でも効果音はフォーリーを欠かす事はできなくて、今年の台湾の大ヒット作『目撃者』も例外ではない。

日活撮影所でフォーリーを観る

わたしも一度、フォーリーの現場に立ち会ったことがある。場所は東京調布の日活撮影所だった。

黒澤明や今村昌平という巨匠たちの作品を支えてきた大御所の録音技師・Bさんの現場で何とも緊張感があったが、それまで映画の音がどのような人によって、どんな風につけられているのか全く知らなかったわたしにとって、これらフォーリーを含むサウンドデザインの現場に関わった経験は鮮烈だった。

有名どころでいえば、日本の時代劇で人を斬るときに使われる「ザバッ」という効果音がキャベツを切る音だという話がある。これは一例にすぎないが、本物以上に本物らしく、もしくは効果的に音をあてるための試行錯誤は、これまでも今も、フォーリーを含むサウンド・デザイナー達によって日々創られている。

件の録音技師の大御所・Bさんが、おでん屋で飲みながら話してくれたなかに、相米慎二監督の「セーラー服と機関銃」のなかの有名な、薬師丸ひろ子が機関銃をぶっぱなして「カ・イ・カ・ン」というシーンについてのエピソードがあった。どうしても何かが物足りなくて、思いつきでピアノ線を直接叩く不協和音を入れたらうまくハマったというのである。

脚本をもとに撮影された映像や音を、切ったり繋いだり調整したりして「映画」へと完成させてゆく一連の作業を「仕上げ」と呼ぶが、それらのなかでも特にフォーリーはじめサウンド・デザインについての印象は深い。それは、一本の映画をつくる過程がどれだけの高い技術や経験、そしてクリエイティビティーに満ちているかを、まざまざと心に刻んでくれる現場だったからだ。

台湾映画『擬音』:台湾のフォーリー、胡定一

台湾映画『擬音』は、台湾映画界におけるフォーリーの第一人者・胡定一を追ったドキュメンタリー映画だ。

フォーリーのスタジオ内には、正面に備え付けられたスクリーンの脇に紙袋や道具類が所せましと並べられ、地面には砂場やコンクリート、砂利、土が仕切って敷かれてある。そして、スクリーンにうつる人物の動きや出来事に合わせ様々な音を「演じる」のがフォーリー・アーティストの仕事である。

登場人物が着ている服がセーターなのか、コートなのか。
歩いているのは、アスファルトなのか、砂場なのか、土なのか。
人物はどんな靴を履いているのか。
いかなる気分で歩いているのか。
画面が要求するどんな要素の音にも瞬時に対応し、ほぼアドリブで合わせていくフォーリーは、まさに「音の魔術師」としか呼びようがない。

台湾の映画館では、観客は基本的にエンドロール(クレジット)を観ずに席を立つのが一般的だが、時間をよほど急いでいる時でなければ、わたしは必ず最後まで観ることにしている。それは一本の映画が、出演者や監督以外にも、おおくの人々の努力や技術・経験・創作に支えられ完成したことに敬意を表したいからだ。

ながらく台湾映画世界の裏方を担ってきた一人・胡定一の人生を追うことは、台湾映画の歴史を浮き彫りにすることに他ならない。戦後、半国営の映画会社「中央電影公司」(中影)に就職した胡定一は、生活のなかの一番の娯楽として「台語片」「愛国片」など多くのジャンルが作られた台湾映画黄金時代を経験する。しかしその後の台湾映画は、ホウ・シャウシェンや日本でも人気が再沸騰しているエドワード・ヤンをはじめとする台湾ニューウェーブの時代に移り国際的な評価を得る一方で、その文芸色の強い表現は一般の台湾観衆ばなれを引き起こし、不毛時代をむかえるのだった。

撮影場所の多くは中国にうつり、映画館のプログラムを占めるのはハリウッド映画ばかり。「中影」は終に破産、解体する。台湾映画をつくってきた撮影所の象徴である「中影」を、京都の「東映映画村」のような観光地として生まれ変わらせる構想もあった。しかし、数々の問題が勃発し経営はままならず廃墟と化し、2015年にはマーティン・スコセッシ監督『沈黙–サイレンス–』のロケ現場として利用された際の崩落事故で、一死二傷の惨事をもたらしたのは記憶にあたらしい。

映画の裏方もまた、創造の積み重ね

フォーリーの仕事は一見、職人的にみえる。しかし映画『擬音』のなかの胡定一の生活は、わたしたちが一般的に「職人」というものに抱いているものと少し違う様相をそなえる。

たとえば、土曜日の福和橋の古道具市などを物色する胡定一の姿。他の人には何に使うのか想像だにできない、つまり「ゴミ」に等しいものを手にしては「これは使えるかも」とブツブツと言っている。そこに仕事と、仕事でない時間の境目は存在しない。生きている事じたいがフォーリーのために費やされているといった風だ。

「職人的」ということは、創造も含めて仕事が生活そのものなのである。わたしたちが映画を評価するときには、脚本や演出や芝居ということの創造性に重きを置きがちである。だが同時に、映画とは多くのクリエイティビティーを集めて作った総合芸術だということを、改めてこのフォーリーのドキュメンタリーは教えてくれる。

中影の解体で、胡定一もまた雇い主を失いフリーとなった。おなじく多くの社員が行き場を失ったが、それは台湾映画の歴史を作り上げてきたフィルムの保管場所が失われることも意味した。

映画のさいご、解体された中影のガレキを胡定一と弟子がふたり訪れる。そのガレキのゴミのなかには、多くのフィルムが混じっている。デジタルデータとして残されているものは恐らくわずかに過ぎないだろう。多くのフィルムに記録された膨大な映像はここで永遠に失われ、自然の風が吹きすさぶ廃墟の跡でカサカサと、ただ、音をたてる。胡定一はしかし、そこで感傷的になることはない。

台湾映画の歴史をつぶさにみてきた胡定一は、ひとつの時代が死んだ跡に、芽吹くものたちがあるのを知っている。息子は映画監督を志した。若い弟子は、フォーリーとしては珍しい女性である。去年の金馬奨で台湾映画は殆どの賞を香港や中国に譲らざるを得なかったし、期待の大きかった今年の旧正月映画も興行成績はさんざんだった。それでも『目撃者』や『白蟻』など完成度の高い台湾映画が次々と公開され、今後もいくつも控えている。

だから、フィルムと瓦礫の廃墟と化した「中影」で、胡定一が「これは(フォーリーに)使えるかも」と言いながらつまみあげたプラスチックだかアルミだかのゴミが、やけに光ってみえた。そのガラクタが、これまで幾度も行くべき道を見失ってきた台湾映画の、未来の希望のようにみえたからだった。

擬音 Sound of Films, and a Foley Artist
監督:王婉柔/2017/台湾

コメント

*
*
* (公開されません)

Return Top