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たいわんの食卓風景:翻訳通訳者の晩ご飯

【連載タイトル】
たいわんの食卓風景 -2-

翻訳通訳者の晩ご飯


台湾で年間に出版される約4万冊のうち、1万冊が翻訳書です。そのうち5,000冊以上が日本で刊行されて台湾で翻訳された書籍です(参考:国家図書館調べ)。

詹慕如(ジャン・ムールー)さんは、その翻訳版の翻訳者として活躍するお一人です。去年1年間で12冊、今年に入ってからすでに3冊の台湾版が刊行され、今は推理小説など5冊の翻訳を抱えています。

「翻訳のほかに、通訳の仕事もしています。1か月のうち、だいたい半分くらいは通訳の仕事で外に出て、残りの半分の時間で翻訳の仕事をこなしています」
今回は、その、翻訳作業をしている仕事部屋へお邪魔してきました。

仕事部屋では自炊

鹿の王、ドグラ・マグラ、翻訳教室、0.5ミリ、スリム美人の生活習慣を真似したら1年間で30キロ痩せました、ハイスクール1968……どれも慕如さんが翻訳を担当したタイトルです。仕事部屋のあちこちに本棚が置かれ、日本版の横には、装丁に変化のついた台湾版があり、思わず見入ってしまいます。

慕如さんが翻訳の仕事を始めたのは2002年のこと。4年後には、まるごと1冊、書籍の翻訳を始めていました。最初に手がけたのは実用書でしたが、いつの間にか小説を翻訳する比率が高くなっていました。

通訳の仕事があるときのほか、基本的には自宅からバスで20分ほどの仕事部屋にやってきます。建物は道のどんつきにあり、幹線道路からも離れている上に、そばは公園と、いたって静かな立地です。9階建てマンションの2階で、打ち合わせもできるリビング、作業スペース、キッチン、寝室、バストイレと20坪(約66㎡)という広さ。

「ここを仕事部屋にして、5年になります。その前、数人でオフィスをシェアしていた時期は5坪で5,000元でした。今の家賃は安くはありませんが、その分、しっかり働かなきゃ、と自分に発破をかけているんです」

好きなカエルのグッズがいくつも置かれ、心地よくなるよう工夫されたこの部屋いる間は、ランチのためだけに外出するのが面倒だから、と自炊中心です。食材は、仕事部屋近くにあるスーパーや自宅近くの伝統市場で買ったり、「家の冷蔵庫から失敬してくるんです」と笑う慕如さん。

この日の晩ご飯の献立は、毛豆炒蝦仁(枝豆とエビの炒め)、牛肉滷味(牛肉の煮込み)、熬雞精(鶏肉のエキススープ)、蔥油餅(ネギ焼き)。健康的で充実したお料理には、ちょっとしたタネと仕掛がありました。

専属料理人〝陳ママ〟の存在

「実はこれ、全部、友達のお母さんが準備してくれたものなんです」
そう言いながら、さっとエプロンをした慕如さんが取り出したのは、下処理が終わった食材でした。みじん切りにされたショウガとニンニク、下ゆでされた枝豆、きっちりと背わたの除かれたエビ。これらは本日のメイン料理「毛豆炒蝦仁」の材料です。このほか、牛肉滷味を作って持たせてくれただけでなく、蔥油餅に至っては、わざわざ基隆市にある有名店まで遠出して買ってきてくださったそう。

その人〝陳ママ〟は、慕如さんの自宅から歩いて2分という距離の、小学校の同級生のお母さん。小学校時代、陳ママが娘さんに届けていたのは3段重ねのスープまでつくお弁当で、同級生たちの羨望の的だったそう。当の娘さんと来たら、お母さん渾身のお弁当はおろか、食べることそのものに興味ナシ。むしろあったのは、その料理を受け入れる近所の友人である慕如さんだった、というわけ。

「よく『母がなんか作るらしいから、よかったら食べに来る?』と誘われて遊びに行くんです。『あら、来るなんて聞いてなかったから、なんの準備もしてないわよ』と言われる時でさえ、テーブルの上いっぱいにお料理が並んでいます。毎年、旧正月前には、梅干扣肉(豚バラ肉と梅干菜の煮物)をたくさん作って配るのが恒例です」

ご自身のお母さんは「自他共に認める料理下手」と伺っている間に、慕如さんは手際よく準備を進めていきます。使い込まれたフライパンは、日本で買ったリバーライトの「極」。蔥油餅を温めた小ぶりのトースターも日本で買ったもの。ただし、食器は北欧で買ってきたという凝りよう。

最後にぱらりと塩をふって仕上げたあとは、すぐにお膳が出来上がっていました。4月はちょうど枝豆の旬。時期もバランスも、塩加減も、いい塩梅でした。

仲間内でお取り寄せ

慕如さんが自分で料理を作るようになったのは、高校時代にさかのぼります。高校ではお弁当を持参するか、もしくは購入するという方法がありました。ところが、受験を前にして突如としてご飯が苦手になってしまったのです。そこで(じゃ、自分でつくるか)と家にある材料などを使って、自前のサラダを準備し始めました。

その後、本格的に料理をすることが習慣づいたのは、日本に留学していた時期です。シェアハウスで暮らす同居人たちと料理する機会が増え、次第に料理をつくることは苦ではなくなっていきました。

働くようになってからは、原稿〆切と通訳の忙しい日々と並行しながら、食材を買い揃え、献立を考え、食事を整えていくのは簡単なことではありません。忙しい慕如さんの食事を気遣ってくれたのが、陳ママでした。

「考えてみたら、ここの冷蔵庫の中にあるのって、陳ママからもらったものばかりです」と取り出してきたのは、瓶に入った紅蔥豬油(フライドエシャレットのオイル漬け)でした。みじん切りにしたエシャレットを、ラードで揚げたもの。少量を茹で野菜、麺、炒め物、スープなどに加えるだけで、その一皿の香りがぐんと変化する、台湾の食卓には欠かせない調味料です。自家製は、揚げたあと、油と一緒にそのまま瓶詰めにし、冷蔵庫で保管する人も多いのです。

「少し前に、台湾ではラードの製造工程に問題があるとかで大騒ぎになった時期がありましたよね。陳ママが少し得意げに言っていたんです。『うちはラードも自家製だから、あんな騒ぎとは関係ないのよ』ってね。私は茹でた麺に和えて食べるのが好きです」

陳ママの整えてくれた食材のほか、慕如さんの冷蔵庫に常時あるのが、老協珍という老舗の「熬雞精」という鶏のスープです。
「翻訳仲間とか、友達とか、いくつかお取り寄せのグループに入っています。これは、翻訳者仲間たちと一緒に半年に1度、お取り寄せしたものです(1箱15袋で2,480元)。保温マグに沸騰させたお湯を注ぎ、ふたをして待つだけ。通訳の仕事のとき、食事する時間がなさそうだと思うと、保温マグと一緒に現場へ持って行って飲みます。鶏肉の臭みもありませんし、おいしくて身体にもいいですよ」

翻訳通訳のキャリアにあわせ、少しずつ年齢を重ね、健康に気をつけるようになってきたという慕如さん。この4月からはヨガ教室に通い始め、数年前からは、目の疲れに効果があるというサプリを摂るようになりました。
「翻訳仲間たちの間で、日本へ行く人がいると、サプリやアロマオイルを買ったりしています。サプリの効果? あはは、どうでしょうか。心持ち効いている気がします」

取材を終えて

「人という字は、人と人が支え合ってできている」とは、80年代に日本で一世を風靡したドラマの名ゼリフですが、慕如さんの食卓にはご近所、同業仲間といった支え合う人の存在が強く感じられました。そして大きく気づかされたのは、ご飯=家族が作るもの、とどこかで思い込んでいたこと。台湾の人と人との温かなつながりには、こんな形もあるのだと感じた夜でした。

もう一つ。日本の作品が世界で読まれる背景には、慕如さんのような翻訳者の存在があり、その先にまた翻訳者を支える人たちがいることを、なんだか心強くも思いました。

慕如さんの次の作品も、たくさんの台湾の方に読んでいただけますように。

ーー簡単!毛豆炒蝦仁の作り方ーー

下ごしらえ
・ニンニク、ショウガをみじん切りに刻んでおく。
・エダマメは適当な硬さに下ゆでしておく。
・エビは頭と尾、皮をむき、背わたをとる。

(1) フライパンに油をひき、温まったところで刻んだニンニクとショウガを入れ、香りが出るまで炒める。
(2) 戻した干しシイタケ、ニンジンを入れて温まったところで、エビを入れる。
(3) エビに火が回ったら、エダマメを加える。
(4) 最後に塩を加えて味を整える。

寄稿者情報

田中美帆
1973年生まれ、台湾在住のフリーランス。上阪徹のブックライター塾3期生。
人生の後半戦を満喫しようと16年半勤めた出版社を退社し、2013年に台湾へ語学留学。
1年で帰国の予定が、ホームステイ先で紹介された相手とうっかり国際結婚。
現在は、編集者、ライター、字幕校正をなりわいとしている。
主なテーマは、本と本屋、台所と暮らし、歴史ドラマ、ドキュメンタリー映画。
http://tanakamiho.net/

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